ランニングをやりすぎて若年性変形性膝関節症になった反省

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持病の膝痛が悪化したため、先日2回目の半月板手術を受けた。手術中、関節鏡で膝の中を見せてもらいながら、前回の手術よりますます悪化している状況を目の当たりにした。

医師の診断では、もはや半月板損傷というより変形性膝関節症。骨棘形成されて、すでに軟骨の摩耗も始まっており、4段階中のグレード3と言われた。レントゲン写真の上で大腿骨頭と足関節を結ぶ下肢荷重線(ミクリッツ線)を示されて、自分がO脚だということも初めて知った。

変形性膝関節症(OA)とは

変形性膝関節症(osteoarthritis、略してOA)とは、膝の軟骨が減り、骨同士が当たって痛みが出る病気だ。

膝が曲がらず、痛みで運動できなくなると、筋肉が衰えてますます骨が変形するという悪循環に陥る。日常的に歩けなくなるとQOLが低下して、身体全体の健康も損なわれる。

下の画像は膝が腫れているときに撮ってもらったMRI。膝蓋骨のあたりに水が溜まっている。太い注射で関節液を抜いてもらうと一時的に楽になるが、対症療法でしかない。

左膝のMRI画像

左膝のMRI画像

半月板や軟骨に神経はないので、酷使してしても膝が腫れる(滑膜に炎症が起こる)まで気づかない。重度になるまで自覚症状のない、歯周病と同じサイレント・ディジーズといえる。

治療法として骨切り術や人工関節置換という外科手術はあるが、荷重や可動域に制限ができる(競技復帰は難しい)。基本的には対症療法で痛みや腫れをやわらげるか、運動療法で筋肉をつけて悪化するのを防ぐしかない。

進行性の膝痛から解放される唯一の方法は、早く死ぬこと。なまじ寿命が延びたばかりに付き合わざるを得なくなった現代病、アルツハイマーのようなものだと考えられる。

加齢以外でOAになる理由

「変形性」と聞くと、何となく膝の曲がった老人をイメージする。一般的に高齢者のかかる病気だが、実は加齢以外にもなりやすい原因がある。

  • 肥満、O脚(体型の問題)
  • 女性、親の影響(ホルモンと遺伝)
  • 肉体労働で重い物を持つ(仕事上の問題)
  • 運動不足 or 運動しすぎ(生活習慣の問題)

自分の場合はランニングをやりすぎて組織の摩耗が進んだのだと思う。10年以上前から膝に痛みはあったが、そのまま放置してやり過ごしてきた経緯がある。O脚になったのは先天性というより、症状が悪化する負のスパイラルの一環だろう。

OAはある日突然なるものではなく、徐々に軟骨がすり減って膝が変形していく病気だ。半月板や靭帯の損傷という既往症があれば、進行速度が早まる。「すべての膝痛がたどり着く末期症状」と言っても過言でない。

OAになる人が多いのは40代や50代以降といわれる。だが自分の「膝年齢」を体組織計で測れるとしたら、もう70歳を超えていそうな気もする。

半月板と軟骨は消耗品

ここ数年、膝の治療を受けながらわかってきたのは、「半月板と軟骨は基本的に再生しない」という事実だ。半月板のうち血流のある外周部は自己修復したり、繊維軟骨は再形成されたりすることもある。ただし前十字靭帯の再建術と同じく、完全に元には戻らない。

膝の中でクッションの役割を果たすこれらの組織は、加齢によっても劣化していく。激しいスポーツや仕事で膝に負荷をかけると、その分消耗も早まる。そして突発的なけがで半月板が切れたりすると、一気に崩壊が進むイメージだ。

毎月数百キロ走り続けても平気なプロ選手もいるから、個人差はあると思う。ただ何となくランニングブームの陰で、膝を痛めるリスクについては軽視されているように思う。

雑誌やメディアが取り上げてもおもしろくないし、シューズメーカーにとっては不都合な真実だ。担当医は良心的とはいえ、患者が増えた方が病院や整骨院は繁盛する。

症状悪化の原因を推測

左膝の症状が悪化した具体的な理由としては、以下のような仮説を思いつく。

  1. もともと体が歪んで左膝に負担がかかりやすかった
  2. 20年前から兆候は出ていたのに、無理してマラソンを続けた
  3. 自己流のトレーニングやシューズ選びで膝に負担をかけた
  4. 右膝の靭帯再建で治療中、片足生活になり左膝を酷使した
  5. 最初の手術後に、競技復帰を焦って負荷をかけすぎた

若い頃に膝の疾患に対する知識がなかったのが悔やまれる。ランナーなら半月板や靭帯の構造・性質について、最低限の知識を持っておくべきだったと思う。

ランニングはあくまで趣味なので、常識的には本業や生活に支障が出るほど取り組むべきではない。やりすぎた背景としては、精神的な依存症のような側面もあったのではないかと思う。

治療か保存か

半月板を全切除して早期復帰するオプションもあるが、老後のQOLは確実に下がるだろう。プロ選手でもないのに身を削ってまで競技を続けるのは、さすがにナンセンスだ。

いずれ再生医療が進んで、保険適用で膝軟骨を自家培養できたりする可能性に賭けることもできる。ただ、これ以上外科手術を受けて痛い思いはしたくないし、腰椎麻酔でも感染症や静脈血栓症のリスクはある。入院して手術を受ければお金もかかる。

自分の感覚と医師の所見を照らし合わせると、もう飛んだり跳ねたりして膝に負担をかけるのは状況を悪くするだけだと思う。骨切りや人工関節という荒療治を受けたくないなら、できるだけリハビリして現状の組織を維持するのがベストだ。

走らないトライアスリート

「人間いつか死ぬ」という真理と同じく、ランナーもいずれタイムが落ちて、走れなくなるときがやって来る。そういう折り返し地点に差しかかったような気がする。

それがゲームのルールなのだ。川が外海に向かって流れ続けるのと同じことだ。

村上春樹 『走ることについて語るときに僕の語ること

さいわいトライアスロンをやっていたおかげで、種目的に潰しがきく。

自転車はランニングほど膝に負担がかからないし、水泳はおそらく死ぬ間際まで続けられる最も低負荷なスポーツだ。いろいろ工夫して膝の悪化を食い止めるトレーニング方法を模索するのは、それなりに楽しそうに見える。

もしかするとスイムとバイクでタイムを稼いだうえで、「ランパートは歩いて制限時間内に完走する」という挑戦ができるかもしれない。そこまでしてレースに出る必要があるのか疑問だが、「走らないでトライアスロンを続けられるか」というアイデアに興味はある。